いったん成立した遺産分割は、原則として一部の相続人の気持ちだけで撤回することはできません。
ただし、相続人全員が合意すればやり直せると考えられています。協議に無効や取消しの理由があれば、効力を争える可能性もあります。取消しには期限があり、やり直しは税金や登記にも影響するため、早めの確認が大切です。
この記事で分かること
- 遺産分割を見直せる主な場面を説明します。
- 代償金の不払いや、後から遺産・遺言が見つかった場合を扱います。
- 見直しの進め方と、取消しの期限をまとめます。
- やり直しに伴う税金と登記の注意点を確認します。
遺産分割の「やり直し」とは
遺産分割のやり直しとは、成立した遺産の分け方を見直し、改めて決め直すことをいいます。
「やはり納得できない」というだけでは覆せません。見直しが問題になるのは、主に次の3つの場面です。
- 合意によるやり直し:相続人全員の同意で、分け方を決め直します。
- 無効:協議に重大な問題があり、初めから効力が認められません。
- 取消し:詐欺・強迫や重要な思い違いを理由に、後から効力を否定します。
見直しが問題になる主なケース
相続人全員が合意してやり直す場合
相続人全員が合意すれば、協議をやり直せると考えられています。一人でも反対すれば、合意によるやり直しはできません。遺産を売却済みなど第三者が関わる場合は、元に戻せないこともあります。
協議が無効になりうる場合
遺産分割には、原則として相続人全員の参加が必要です。次のような場合は、協議の効力が問題になります。
- 相続人の一部が参加していなかった(戸籍の確認漏れなど)。
- 意思能力(自分の行為の結果を判断する能力)を欠く相続人が参加していた(民法3条の2)。
- 親権者と未成年の子がともに相続人なのに、特別代理人を選ばずに親権者が子を代理した(民法826条)。
- 本人の知らないうちに、家族が署名・押印していた。
認知症の診断があっても、それだけで意思能力がないとは決まらず、協議の時の状態などから個別に判断されます。
取消しが問題になる場合
錯誤(重要な点についての思い違い)や、詐欺・強迫があった場合は、協議を取り消せる可能性があります(民法95条・96条)。
錯誤による取消しには、思い違いが重要であることが必要です。前提とした事情の思い違いなら、その事情が協議の前提として示されていたことも求められます。本人に重大な過失があると、原則として取り消せません。
例えば、財産の一部を隠されたまま合意した場合や、脅されて署名した場合が考えられます。なお、錯誤の規定は2020年4月1日施行の民法改正で改められたため、それより前の協議には改正前の規定が適用される場合があります。
代償金が支払われない場合
代償金(多く取得した相続人が他の相続人に払うお金)が支払われなくても、協議自体を解除することは難しいと考えられています。基本は、約束した代償金の支払を求めることです。
後から遺産や遺言が見つかった場合
新しい遺産が見つかったときは、その財産だけを分ける協議(一部の分割)ができます(民法907条1項)。協議書に後日判明した財産の取得者を定めた条項があれば、それに従います。見つかった財産が重要で、知っていれば合意しなかったといえる場合は、錯誤が問題になることもあります。
後から遺言書が見つかった場合は、遺言の内容や協議の経緯によって個別に判断されます。自筆の遺言書は、法務局で保管されたものを除き、家庭裁判所の検認が必要です。検認は、遺言が有効かどうかを判断する手続きではありません。
見直しを考えるときに確認したい資料
- 遺産分割協議書:分け方、署名押印、代償金などの条項を確認します。
- 戸籍謄本:相続人全員が参加していたかを確認します。
- 通帳の写しや残高証明書、登記事項証明書:協議で示された財産との違いを確認します。
- 手紙、メール、話合いのメモ:どのような説明を受けて合意したかを確認します。
- 協議当時の診断書や介護記録:協議の時の判断能力を確認します。
資料は、ご自身が正当に取得できるものを集めてください。他の相続人の通帳を無断で持ち出したり、書類に手を加えたりすることは避けてください。
見直しを求める・求められたときの進め方
- 協議書の写しを用意し、いつ、誰から、どんな説明を受けたかを書き出します。
- 見直したい理由が「全員の合意によるやり直し」「無効・取消し」「代償金の請求」のどれに当たるかを整理します。
- 他の相続人に書面などで申し入れます。取消しを主張するときは、その意思をはっきり伝え、記録を残します。
- 話合いで解決しないときは、弁護士に相談し、家庭裁判所の調停や訴訟を検討します。協議の有効性の争いは、訴訟で判断を求める場合があります。
- やり直しの合意ができたら新しい協議書を作り、登記や税務申告の要否を司法書士や税理士に確認します。
見直しを求められた側は、すぐに署名押印せず、理由と新しい分け方を確認してください。
取消しの期限と早めに動くべき理由
取消権は、追認(取り消せる行為をそのまま認めること)ができる時から5年、協議の時から20年で消滅します(民法126条)。起算点は事情により判断が分かれるため、取消しの理由に気づいたら早めに相談してください。
無効の主張でも、時間がたつほど当時の資料は集めにくくなります。
また、相続開始から10年を過ぎると、特別受益(生前贈与などの考慮)や寄与分(特別な貢献の考慮)は、原則として分け方に反映されません(民法904条の3)。協議が無効で分割し直す場合は、この点にも注意が必要です。
やり直しに伴う税金・登記と費用の考え方
合意によるやり直しでは、税金に注意が必要です。国税庁の相続税法基本通達19の2-8ただし書は、やり直しで分け直した財産を「分割により取得したもの」に当たらないとしています。そのため、その財産は配偶者の税額軽減(配偶者の相続税を軽くする制度)の対象になりません。
分け直しの内容によっては、贈与税などがかかる可能性もあるため、合意の前に税理士へ確認してください。名義を変え直す場合の登記や登録免許税は、司法書士に確認します。弁護士に依頼する場合の費用は、弁護士費用のページでご確認ください。
よくある質問
Q.内容をよく理解しないまま遺産分割協議書に署名しました。取り消せますか?
A.「よく分からなかった」というだけでは、取消しが認められるとは限りません。錯誤による取消しには思い違いが重要であることなどが必要で、重大な過失があると原則として認められないためです。説明が事実と違っていたなどの事情があれば、詐欺などが問題になることもあります。協議書の写しと経緯のメモを持って相談してください。
Q.代償金を払ってもらえない場合、強制的に回収できますか?
A.調停調書や審判書で支払が定められていれば、強制執行を申し立てられる可能性があります。一定額の支払について強制執行を受け入れる文言のある公正証書を作っていた場合も同様です。協議書だけなら、まず訴訟などで支払を求めることになります。
Q.協議の後に、故人の借金が見つかりました。どうすればよいですか?
A.借金は、原則として遺産分割の対象にならず、法定相続分に応じて各相続人が引き継ぐとされています。相続人の間で誰が払うかを決めても、当然には債権者に主張できません。
相続放棄は、原則として自分のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所へ申述します(民法915条1項)。遺産分割で財産を取得していると、財産の「処分」(民法921条1号)として放棄が認められないおそれもあります。督促状が届いたら、早めに弁護士へ相談してください。
まとめ
- 成立した遺産分割は、一部の相続人の気持ちだけでは撤回できません。
- 見直しは、合意によるやり直し、無効、取消しに分けて考えます。
- 取消権は、追認できる時から5年、協議の時から20年で消滅します。
- 代償金の不払いは、解除ではなく支払の請求で対応するのが基本です。
- やり直しは税金や登記にも影響するため、合意の前に専門家へ確認しましょう。
まずは協議書と経緯を整理してください。協議の基本は遺産分割協議の進め方と必要書類で解説しています。ご相談は遺産分割のご相談や相続調停・審判・訴訟への対応をご覧ください。