遺言がなければ、相続人の一人が遺産の全部を当然に取得することはできません。遺産の分け方は、相続人全員の合意か、家庭裁判所の審判で決まります。まずは相続人として取得できる資料で財産を確認し、内容が分からない書類には署名・押印しないことが大切です。
遺言で財産が一人に集中している場合は、遺留分侵害額請求に「知った時から1年」という短い期限があるため、早めに確認しましょう。
この記事で分かること
- 「独り占め」が問題になる典型的な場面と対応。
- 相続人が自分で財産を確認する方法。
- 自分の相続分を確保するための手続き。
- 遺言がある場合の遺留分と期限。
「遺産の独り占め」は法律上どう扱われるか
この記事でいう「遺産の独り占め」とは、次のような状態です。一部の相続人が遺産を管理したまま内容を明かさない、または「全部自分が相続する」と主張している場合をいいます。
遺言がない場合、遺産は相続人全員の共有となり(民法898条1項)、分け方は全員の協議で決めます。まとまらなければ、家庭裁判所に分割を請求できます(民法907条)。普通預金・通常貯金・定期貯金も、相続開始と同時に当然には分割されず、遺産分割の対象です(最高裁判所 平成28年12月19日大法廷決定)。
「長男だから」「同居していたから」という理由だけで、法定相続分(民法が定める相続の割合)は変わりません。
よくある「独り占め」の場面と対応
| 場面 | 主な対応 |
|---|---|
| 財産の内容を教えてもらえない | 相続人として、自分で資料を取り寄せます。 |
| 「全部自分が相続する」と言われる | 遺言の有無を確認し、なければ法定相続分を目安に協議を求めます。 |
| 預金が引き出されている | 取引履歴で時期と金額を確認します。亡くなる前か後かで対応が変わります。 |
| 遺言で財産が一人に集中している | 遺言の有効性と遺留分を確認します。 |
相続人が自分でできる財産の確認方法
- 預金の取引履歴:相続人の一人でも、金融機関に開示を求められます(最高裁判所 平成21年1月22日判決)。
- 残高証明書:亡くなった日時点の預金残高を確認します。
- 相続時預貯金口座照会:預金保険機構の委託先の金融機関に申し込むと、マイナンバーが付番された口座の金融機関・支店・口座番号が分かります。残高や付番のない口座は分かりません。
- 所有不動産記録証明書:亡くなった方名義の不動産を一覧にできますが、登記上の住所などが違うと漏れることがあります。
- 名寄帳・登記事項証明書:市区町村ごとの不動産の一覧(名寄帳)と、個々の名義を確認します。
手数料は、口座照会が1件5,060円、所有不動産記録証明書が書面で検索条件1件につき1,600円、登記事項証明書が書面で1通600円です(2026年9月時点)。名寄帳の扱いや手数料は市区町村ごとに異なります。
通帳の無断持ち出しや、他人のネットバンキングへの無断ログインはせず、正式な方法で請求しましょう。確認したい資料は親の預金の使い込みが疑われるときに確認すべき資料でも紹介しています。調査が難しいときは相続人・相続財産調査のご相談をご利用ください。
自分の相続分を確保するための手順
- 遺言を確認する:遺言があれば、その内容と有効性を確かめます。
- 財産資料を集める:戸籍で相続人を確定し、上の方法で財産を確認します。
- 協議を申し入れる:財産の一覧と分け方の案を示し、法定相続分を目安に話し合います。
- 遺産分割調停を申し立てる:相手方のうち1人の住所地の家庭裁判所などに申し立てます。費用は収入印紙1,200円(被相続人1人につき)と郵便切手です(2026年9月時点)。不成立なら審判に移ります。
- 当面の資金を確保する:預貯金は「相続開始時の残高×1/3×法定相続分」まで、1つの金融機関につき150万円を上限に、単独で払戻しを受けられます(民法909条の2)。
調停・審判の申立て後は、生活費などのため特定の預貯金を仮に取得させるよう申し立てる方法もあります(家事事件手続法200条3項。他の相続人の利益を害する場合は不可)。行き詰まったときは遺産分割協議がまとまらないときの進め方もご覧ください。
すでに預金が引き出されている場合
亡くなった後、遺産分割の前に引き出された預金には、特別な決まりがあります。引き出した人以外の相続人全員が同意すれば、遺産として残っているものとみなして分割できます(民法906条の2)。
亡くなる前の引出しには、この規定は当然には使えません。贈与や本人の生活費の可能性もあるため、まず使い道を確かめます。説明がつかない分は不当利得の返還請求など(民法703条・704条・709条)を検討し、民事訴訟などの手続きが必要になる場合があります。
遺言で財産が集中している場合の遺留分と期限
遺留分とは、兄弟姉妹以外の相続人に法律で保障された最低限の取り分です(民法1042条)。全体の割合は、父母などの直系尊属だけが相続人なら3分の1、それ以外は2分の1で、これに各自の法定相続分を掛けます。
例えば相続人が子2人で、遺言により全財産6,000万円が長男に渡る場合、次男の遺留分は6,000万円×1/2×1/2=1,500万円です(生前贈与や借金がない前提)。次男は長男に、この額に相当する金銭を請求できます(民法1046条1項)。
| 期限(根拠) | 起算点と期間 | 期限までにすること |
|---|---|---|
| 遺留分侵害額請求(民法1048条前段) | 相続の開始と、遺留分を侵害する贈与・遺贈を知った時から1年 | 相手方に請求の意思表示を届ける。 |
| 同(民法1048条後段) | 相続開始から10年 | 知らなくても期間が進むため、早めに確認する。 |
家庭裁判所に調停を申し立てただけでは意思表示にならないため、内容証明郵便など記録が残る方法で伝えます。意思表示の後に生じる金銭の請求権にも、別に時効があると考えられています。
この制度は2019年7月1日以後に開始した相続が対象で、それより前は旧法の遺留分減殺請求になります。詳しくは遺言書の内容に納得できない場合の遺留分請求をご覧ください。
よくある質問
Q.「実家は長男が継ぐもの」と言われました。従うしかないのでしょうか?
A.民法に長男が優先して相続する定めはなく、子どうしの法定相続分は均等です(民法900条4号)。全員が納得すれば、長男が実家を取得し、他の相続人に代償金(取得する人が払うお金)を支払って調整する方法もあります。
Q.兄が「引き出したお金は葬儀費用などに使った」と説明しています。
A.葬儀費用や入院費の支払いなど、説明のつく引出しもあります。「引き出した=使い込み」と決めつけず、取引履歴と領収書で使い道を確認しましょう。調停では、合意により使途不明金も含めて解決できる場合がありますが、審判では原則として扱えません。
Q.財産の資料を見せてもらえないまま、協議書への署名を急がされています。
A.署名・押印は、財産の全体と自分の取得分を理解してからにしましょう。成立した協議は、原則として全員の合意がなければやり直せません。なお、協議書で何も取得しないとしても相続放棄にはならず、借金は債権者から法定相続分に応じて請求される可能性があります。
まとめ
- 遺言がなければ、相続人の一人が遺産の全部を当然に取得することはできません。
- 取引履歴の開示や口座照会などで、財産を自分で確認できます。
- 内容が分からないまま署名・押印せず、まとまらなければ調停・審判を利用します。
- 死亡後に引き出された預金は、引き出した人以外の全員の同意で遺産に含められます。
- 遺留分の請求は、知った時から1年以内に相手方へ意思表示を届けます。
財産の調査や引出しへの対応に迷うときは、預金の使い込み・使途不明金のご相談をご利用ください。